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水戸地方裁判所下妻支部 昭和31年(ワ)119号 判決

原告 株式会社 東陽相互銀行

被告 国

代理人 河津圭一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金一二九万円及びこれに対する昭和三二年五月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、別紙物件目録記載の機械類(以下本件機械類と称する)は昭和一九年始頃に訴外山本貢が他から買受けその所有するところとなつていた。

二、原告は右訴外人との間で昭和二九年九月一〇日極度額金一五〇万円、債務者訴外山本電機株式会社、連帯保証人右山本貢外三名とし山本貢所有の建物二棟につき根抵当権設定契約をし、且つ同日右根抵当で担保される債務を期日に支払わなかつたときは右建物と共に本件機械類の所有権を直ちに原告に移転し、代物弁済に供すべき旨の停止条件付代物弁済の契約をなした。ところが右債務者会社が原告に負うた借財は昭和三〇年一一月二六日から支払を滞り、その額金九百余万円に達したので同日右条件は成就したから原告は昭和三〇年一二月二九日右貸付金等の代物弁済として右山本貢から本件機械類を受領することとし、即時指図による引渡を受け、更に同月三〇日頃原告銀行境支店貸付係谷貝昭によつて現実の引渡を受けた。よつて原告は本件機械類の所有権を取得し、その対抗要件も備えておつた。

三、しかるに被告の機関である境税務署長は昭和三一年一月一〇日前記山本電機株式会社(以下滞納会社と称する)に対する国税滞納処分として右会社の他の財産と共に本件機械類を差押え、昭和三二年三月二五日公売処分に付し、訴外福本甫がこれを金一二九万円にて落札所有権を取得し代金完納の上引渡を受けた。

四、そのため原告は本件機械類に対して有していた所有権を失い、その担当価格である金一二九万円の損害を蒙つた。右は被告の機関である境税務署長が原告の所有物件を前記訴外会社の所有物と誤認して差押をなした過失に基いて発生した損害であるから原告は被告に対し右同額の賠償と、右賠償請求権を被告に対して行使した日の翌日である昭和三二年五月九日以降右金額に対する民法所定の年五分の損害金の支払を求める。

五、仮りに本件機械類が訴外山本貢の所有でなかつたとしても、原告は右山本貢より代物弁済としてこれを受領し、遅くも昭和三〇年一二月末日までには前記第二項記載のとおり現実の引渡を受けたものであつて、その代物弁済としての給付には滞納会社の代表取締役山本登一等もこれに関与し異存なくなされたのであり原告は善意、平穏且つ公然而も過失なくその占有を始めたのであるから民法第一九二条によりその所有権を取得していたものというべきである。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因第一項は否認する。本件機械類は従前訴外山本電機工業株式会社の所有物件であつたところ滞納会社が昭和二七年一一月一二日右訴外会社より譲渡を受けたものであつてその間山本貢の所有に属したことはない。第二項については争う。殊に引渡の事実は否認する。第三項は認める。第四項も争う。第五項の引渡に関する事実は争うと述べた。

立証(省略)

理由

原告は本件機械類を訴外山本貢から代物弁済により取得した旨主張し、被告はこれを争うのでこの点について考えて見ると、同訴外人が本件機械類について曽て所有権を取得していた事実も当事者間に争いがあるのに、右訴外人の所有権取得原因については原告の主張自体明確を欠くのみならず、この点に関する証人山本登一、三上千代治の証言はた易く信用し難く、却つて証人山本貢、山本常吉、浜野卯一郎の各証言並びに証人三上千代治の証言により成立を認め得る乙第二、三、一一号証、証人浜野卯一郎の証言により成立を認め得る乙第四号証の一、二、第五、八、九号証によれば、本件機械類は少くとも昭和二〇年四月戦災を受けた時から昭和二七年一〇月までは訴外山本電機工業株式会社の所有であつたところ同年一一月右訴外会社のいわゆる第二会社である滞納会社が設立するにあたりこれに事実上の現物出資の形で引継いだものと認める方がより妥当である。右引継ぎは正規の現物出資の法律上の手続を取つていないので滞納会社の真の所有物となつたかそれとも前記訴外会社の所有物のまゝであつたかとの点については疑問をさしはさむ余地もあるが、いずれにしても昭和三〇年の年末頃本件機械類の所有権が訴外山本貢個人のものであつたという点に関してはその証明が十分でなく、従つてその頃同訴外人から代物弁済により所有権を取得したという事を前提とする原告の第一次的の主張は採用することができない。

そこで原告の即時取得の仮定的主張について考えて見ると、証人山本貢、江田勝、三上千代治、谷貝昭の各証言、江田証人の証言により成立を認め得る甲第三号証によれば、昭和二九年九月一〇日頃原告と滞納会社との間に原告主張の如き根抵当権設定契約(これには工場抵当法に則り本件機械類も含まれていた)ならびに条件付代物弁済契約が締結されたこと、ならびに昭和三一年一二月二二日頃滞納会社は債務の弁済が到底不能の状態に陥り、そのため同月二九日原告銀行境支店において、原告銀行の役員らと訴外山本貢を始めとする滞納会社の役員らとが会合し、その場で前記代物弁済に関する条件が成就したものと双方とも認め、本件機械類ならびに根抵当権の対象となつていた建物を原告が右山本貢から代物弁済として取得するということに話がまとまつた事実が認められる。

よつて進んで原告が本件機械類の占有の引渡を受けたかどうかの点について考えて見ると、証人山本貢、山本登一、江田勝の証言によれば、右代物弁済の意思表示のあつた頃本件機械類を実際に占有していたのは滞納会社と認むべきであるから、原告が本件機械類を即時取得するためには、もし山本貢が滞納会社により代理占有を有していたならば指図による占有移転の方法によることができるわけであるが、前記認定の如く本件機械類はむしろ滞納会社の所有であつたと認めるべきであつて、山本貢から借受けていたものとは認められないのであるから、滞納会社には山本貢のために物を所持する意思とか同人に対して本件機械類を返還する義務とかはなかつたものというべきであり、従つて代理占有関係は両者間に成立する余地がない。しからば原告の占有取得は現実の引渡によることを要するのであるが、原告が右山本貢から本件機械類の現実の引渡を境税務署の差押以前に受けていたと認めるに足りるなんらの証拠がないのみならず、却つて証人谷貝昭の証言ならび同証言により成立を認め得る甲第一号証の日付が昭和三一年四月三日であり且つその文言中に「貴行へ完全なる所有権を移転し且つ引渡をなし」と記載してあること等によれば、原告は当時本件機械類は工場抵当法に基いて登記した抵当権の対象となつているから他の債権者に対抗し得ると誤信していたので引渡を急ぐ必要はないと考え、滞納会社の再建計画もあつたので現実の引渡は暫く差控えていたところを境税務署からこれを差押えられ更に公売に付せられたものと認むべきである。しからば原告の主張する即時取得の成立するための要件である占有の取得が認められない以上、民法第一九二条により所有権を取得したことを前提とする原告の仮定的主張もまた採用することができない。

しからば被告の滞納処分により原告の所有権を侵害せられたからその損害賠償を求めるという原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する

(裁判官 海老原震一)

物件目録(略)

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